鍼灸オタクは早死にする 647

◆すばらしい人体 2

〇ピロリ菌

ピロリ菌が発見されたのは、1982年のころです。それまで、胃の中に細菌は生息できないと思われていました。pH1という極めて強い酸性の環境だからです。

しかし、豪州の医師、ロビン・ウォレン氏は、胃に未知の細菌が存在することに気づき、培養を試みました。この細菌が生きていることを証明するには、培養して増やす必要があるからです。この研究には、同じく濠の医師であるバリー・マーシャル氏も加わりました。

培養は、胃の表面をこすり取って得た検体を培地の上に撒き、細菌が増えるかどうかを確認することで行いました。培地とは、細菌が生きるのに必要な栄養を豊富に含む素材のことです。

ところが、予想に反して実験は難航しました。何度試みても、細菌は培地の上で全く増えなかったのです。

彼らを成功に導いたのは、一つの偶然でした。復活祭の休暇を取ったマーシャル氏が、うっかり五日間も培地を放置してしまったのです。意外なことに、この長期間の培地が培養の決め手となりました。増殖スピードの遅いピロリ菌は、彼の休暇の合間を利用して、培地の上に見事な塊を作ったのです。

顕微鏡で観察しますと、そこにはこれまで報告されたことのない、らせん状の細菌が存在していました。ウォレン氏とマーシャル氏は、らせん状(helical)の細菌(bacteria)であることと、幽門(pylorus)に存在したことにちなみ、この細菌をヘリコバクター・ピロリ(helicobacterpylori)と名付けたのであります。

とはいえ、胃にピロリ菌がいるというだけでは、病気の原因になると言い切れません。ピロリ菌が本当に胃の病気を引き起こすのか、それを証明するためにマーシャル氏が行ったのは、自らの体を使った人体実験でした。

1984年、マーシャル氏は、ピロリ菌が胃炎と関連することを証明するために、自らピロリ菌を飲み込みました。その結果、ひどい胃炎と胃潰瘍を引き起こしたために、これを論文として報告しました。細菌の存在に懐疑的だった周囲の人たちを納得させるのに十分な結果でした。

のちにピロリ菌は、胃がんを含め様々な病気とかかわっていることが知られ、公衆衛生に与える影響が非常に大きいことが分かってきました。

ウォレン氏とマーシャル氏は、ピロリ菌を殺す除菌療法も行いました。現在は、二種類の抗生物質と一種類の胃薬を一日二回、一週間内服するという除菌療法が行われています(三剤が一パックになった製品もあります)。

マーシャル氏自身も併用療法を受け、ピロリ菌の除菌に成功したといわれています。2005年、マーシャル氏とウォレン氏は、これらの功績によってノーベル医学生理学賞を受賞しました。

ところで、なぜピロリ菌は強酸性の環境でも生きられるのでしょうか?ピロリ菌は、アルカリ性であるアンモニアを産生するために、自らの周囲の強酸を中和できるからです。敵もさるもの。厳しい環境で生き延びるために、独自の進化を遂げていたのであります。